ヨルダン旅行記⑥アンマン

そして、気づけばヨルダンも終わっていなかった。すっごい書いた記憶があるのに、投稿せず下書き保存もしていなかったのかしら?

このままトルコは行けないので、超簡単に書きますと、最終日はアンマン市内を観光。

ローマ劇場や、シタデルなどを見た。

シタデルの道を間違って道なき道を歩いていると、子供たちにセクハラされ、
インドに引き続きまたか!!

小学校高学年ぐらいは、鬼門ですな。子供だと思って油断するなかれ。

お昼は歩き方に載ってた鳥肉屋で食べた。
一階に座ろうとしたら、二階だよと促された。どうやら、一階は男のみ。二階は女子及び女子同伴の男子らしい。


空港に入る時に、荷物チェックがあり何故かひっかかった。バックバックを台に載せないといけなかったんだけど、おみやげでかなり重くなっており、めっちゃ重いアピールをしたのに手伝ってくれない。ちっ。
あげく、にもつを調べられ、これはなんだ!!と係員が手にもっていたのは、死海のバスソルト…

えー!自国の名産品じゃないですか!パッケージにバスソルトって書いてるし!

とかゆートラブル(とゆーほどでもないが)に巻き込まれつつの、
カタールから関空まではまさかのオーバーブッキングによる、ビジネスクラスへアップグレード!ひゃっほいーい!

初のビジネス。
エコノミーだとCAと話すのは、ご飯どっちにするかとか、着陸だから窓開けてみたいなことしかないのに、いろいろと気遣ってくれて、めっちゃ話しかけてくるー。

でも、英語が分からないから、え?なに?これただ?しか言えない自分。

とゆーかんじで、ヨルダン旅行は終り。
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# by sweetnsourbeijing | 2012-12-26 12:15 | ヨルダン

インド&ネパール旅行記④アーグラ2日目

今更ですが、何故かインドの④が下書きのままアップされてなかったので、アップします。手元に写真データないんで、写真なしですが。

インドに来てから初のゆっくりした朝を迎えます。

ゆっくりしすぎて、ブレックファーストセットを逃してしまった。トリートという店は25Rsの安い朝ごはんがあるらしいんだけどねー。しかたなく、レモンシュガーパンケーキをいただいたけど、うまい!!

腹ごしらえして、ファテープル・スィークリーへ!バスで一時間。何円だったかな~、なんか中途半端な金額だったよね確か。27だか37だか。このバスでも席ゆずってもらったなー。しかも、イケメンに譲ってもらったなー。

で、このファテープルはムガル帝国のアクバルが遷都した都なんですが、たった14年の命だったそう。旅をしていると、昔世界史で習ったことがけっこうでてくるよね。

あの時は、ただテストのために覚えてただけで今となっては名前は覚えてるけどなにした人?って感じ。高校生の時に、いろいろ旅できたら、すごい覚えれて且つ忘れないんじゃなかろうか。

まず、モスク地区に入ります。モスク地区は無料なんで、物売りがすごい!思い起こせば、今まで行った所は物売りとかいなかったんだか、きっと厳しく規制されているんだろうなぁ。

子供の物売りがしつこくて、じっくり見られない。しかも、靴脱がなきゃいけないんだけど、うっかり草履できてしまったので素足。この炎天下の中、石の床の上を裸足って!火傷するわ!

友人におんぶしてもらったりして見学してました。(インド人もストローングって言ってたよ。力持ちの友達に感謝)

でもねー、この物売りの子供がねーたち悪いのよね。売り物を差し出しつつ、乳触ってくんのね。最初は子供だし、当たってるだけかなっと思ったけど、度が過ぎる!確信犯だあいつ。

宮殿地区は有料なので物売りはいなくなった。ここの建築はイスラム統治時代のものなのに、ヒンドゥーや仏教の建築様式が使われていて、確かに寺院っぽい!


広い宮殿地区を回っていると‥
やっちまった!帽子がない!木陰で休んだ時に、帽子を取って手に持っていたら何時の間にか、消えていた!インドのためにわざわざ買ったのに!

私、よくやるんだ。手に持つと何時の間にか落としてしまう。

町歩き用のバッグ、もっと大きいの買おう。今のは小さくて、あんまり入らなくて、仕方なく手に持っちゃうんだけど、いかんいかん。

実はこのあと、サングラスと日傘もなくします。日を遮るものをすべて失った私は、これも神(シヴァ神)の思し召しだと思い、日焼けしほうだいなのでした。シミが‥

宮殿地区も見終わって、帰ろうとするとまたたちの悪いガキどもが!
何故か、使い終わったチケットをよこせといってくる。そして言いながらケツを触ってくる!

チケットくれたら去るとか言ってるけど、わたしもムキになって絶対あげない!と抵抗していると、ずっとついてきてケツを触ってくる。子供だと思って、大目に見てやってたけど、そろそろ堪忍袋の緒が切れますよ。

『ついてくんな、われー』と一喝して、やっと逃れられた。まぁ、われーが英語でなんていうのか分からなかったから言ってないけどね。

宿の周辺に戻り、アクセサリー商人アリさんの店でダラダラしつつ、この人は無理やり買わせようとしなくて、商売上手な方だったのだけど、私は気に入ったデザインがなく、かわず。友達は、アーグラストーンだかなんだかいうのを買っていた。

そして、夜。
そうそう、この日私の誕生日!
タージマハルを見ながらバースデーディナー。グイメイにおごってもらった。わーい☆
特別な誕生日になりました。

そして、夜行列車。

旅では時間節約のため夜行を多用します。
特に列車は寝れるからいいね。ほんと、揺れが揺りかご効果でよく眠れる。
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# by sweetnsourbeijing | 2012-12-26 12:12 | インド

ヨルダン旅行記⑤小ペトラ

同じ宿に泊まってた旅人はワディラムに行くとか言って盛り上がってたけど、私は今回、計画ミスでワディラムに行けなくなってしまった。

初中東、四泊とかあほでした。

かといって、このままアンマンに帰るのもなんだかなぁという感じだったので、小ペトラというところに行った。

スケールの小さいペトラってかんじ。ペトラ見ちゃったら感動もあんまりないんですか、無料だったのでまぁいいか。

その後、ローカルバスに乗ってアンマンに行くのですが、全然人が集まらない!!

満席にならないと出発しないシステムですから!結局二時間半待っても満席にはならず、通常価格5JDのところ、7JDで出発。

その後、いろいら乗り降りあって満席ってゆーか立ってる人もいたぐらいなんで、2JD返せやーなんてせこいことは言ってません。

アンマンに帰ってきた。
この日の宿はうーんなんだったかな。名前忘れた。朝食とゴキブリ付き個室で25JD。

うん。ゴキブリでました。

フロントの人に言ったら、部屋変えてくれたけどね。

この日の夜は、
アラビア語の先生に紹介してもらったシリア人の女性トゥーリーンにご飯に連れて行ってもらった。

すごい美人!妹さんと従兄弟も美男美女でそういう家系なのか。羨ましい。

ご飯は、日本のヨルダン人の友達に絶対マンサフ食べてって言われたから、マンサフをオーダー。
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日本にはない不思議な味。

ヨルダンの女性はほとんどヒジャブを被っているけど、トゥーリーンや妹さんは被ってなかったので聞いてみたら、シリアでは半分ぐらきは被ってないそう。
最初にヨルダンにきた時は、被ってない事で変な目で見られている気がしたけど、今はもう慣れたって。

シリアの情勢はご存知の通りかなり混乱していて危険なので、トゥーリーンの家族はヨルダンに移住してきているわけですが、妹さんと従兄弟はシリアで大学に通っていたけど、
通えなくなってしまったので、現在仕事を探しているそう。大変だ。

大変なはずだけど、みんなとっても明るい。

短い時間だったけど、いろいろ話せてよかった。
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# by sweetnsourbeijing | 2012-11-04 00:55 | ヨルダン

ヨルダン旅行記④ペトラ

朝8時の送迎バスでペトラに出発。
とっても有名な遺跡なのに、チケット売り場が簡易的で見過ごす…。

さて、念願のペトラ!
てくてく歩き出す。
馬に乗らないか?と延々と声をかけられる。
しょっぱなから楽をするつもりはありません。タダだよ!タダだよ!って騙されません。

とりあえずひたすら無視してたら、インドネシアのツアー客に声をかけられ、一緒に写真をとることに。そして、このままインドネシアのツアー客の振りをして、てくてく歩く。

岩の裂け目みたいな道をてくてくてくてく。
途中、インドネシア人と写真をとりあいつつ進む。

すると、岩の間から、あのエル・ハズネが見えた!
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そして全貌があらわに!
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感動的な美しさ。
涙がでそう。
タージマハルを見たときもこんな感じだったかも。

そう、タージマハルもそうだし、アンコールワットもそうだけど、大きいのに最初はその姿が見えなくて、手前にきてやっと、ぱっと姿が現れるんだよね。

これは、感動の方式だわ。
タージマハルやアンコールワットはそのように計算されてつくられているんだろうけど、このエル・ハズネは計算?それともたまたま?その辺は、調べていませんが、とにかく感動。

どーやって岩をこんな風に削ったのかなぁ。不思議。そして、その外観とは裏腹に中はがらーんとしている。何故だかは分かってないらしい。

一通り写真をとって、インドネシア人はこれだけ見て引き返すらしい。

おいおい、せっかくペトラまできてすぐ帰っちゃうなんて、もったいない!

私はもちろん、ひきつづきてくてく。

なんか、向こうに高い所かあるといわれ、よー分からんが行ってみることに。
そして、ちょっと驢馬にのってみたくなったので、ロバで登ることに。

長くなるので割愛しますが、まぁ、これは登らなくてもよかったかな。
多分、夕日は綺麗に見えると思んだけど、昼ぐらいだったんで、普通なかんじ。

気をとりなおして、いざモナストリーへ!驢馬の少年がひつこくモナストリーまで乗れと言ってきたけど、お金ないし、まだ体力あるから、歩きます。

ローマなんちゃらとか、名前はよく分からないけど遺跡はいろいろ残っている。

さて、こっから岩山登りです。
ぜーはーいいながら登ります。

そして、日本語が堪能なアメリカ人老夫婦に出会い一緒に登ります。

昔外交官をしていて、日本に住んでいたそう。お孫さんがヨルダンの大学でアラビア語を学んでいるそうな。なんとも、グローバルなご家族。

とりあえず、ひたすら登ってやっとこさついたー!
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これを上から見るスポットもあるので、またまた登る。

一通り見終わって、元の道を戻ったら、4時前。昼ごはんを食べてなかったので、
軽食を食べたり、名の分からない遺跡をみたりして、帰路につきます。

もー歩き疲れたので、岩の始まりの所から入口までは馬にのってしまったよ。

念願のペトラ、満喫したっ!!
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# by sweetnsourbeijing | 2012-10-20 21:02 | ヨルダン

ヨルダン旅行記③死海

マダバを後にして、死海へ。
割とすぐ死海っぽいシルエットが見えてきた!

と思ったら、なんとなく死海から遠のいている様子。ん?っと思ってたら、アンマンの矢印が。

こ、これはもしや、死海が最終目的地ではなく、死海付近を通ってアンマンに行くバスだったのか!?

焦って、隣にいた人にdead sea dead seaつて言ったら、車を止めてくれた。

ふー危なかった。いつもは、移動中寝てることが多いんだけど、今回はたまたま起きててよかった。

どこで、降ろされたか分からないけど、とりあえずタクシーに乗って死海のアンマンビーチへ。

タクシー運転手は安いほうのビーチ(11JD)に連れて行ってくれた。確かに、私は値段重視派ですが、今回は1人な上、荷物がいっぱいだし、盗難&セクハラ被害の確率が引くそうな高い方のビーチ(16JD)に行くことにした。

かなーり、久々に水着を着てみた。
更衣室に一応ロッカーはあったけど、全て使われていたし、そもそもそんなデカイロッカーはなかったので、バックパックは更衣室に置いて行くことに。ほとんどの人が海外からの観光客っぽかったので多分盗まれないだろう。

貴重品は別のバックに入れたけど、持ってはいるわけにもいかない。

で、ビーチを見渡してみると監視役っぽい人がいたので、その人に荷物を預けることにした。そして、図々しく写真もお願いした。

1人死海の1番の心配事は、写真だったけど、
無事死海で浮いてる写真もとってもらうことができた!

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さて、死海ですが、流石に塩分濃度が高いだけあって、海岸?は岩塩ってかんじ。
そして、温かい。



ちなみに、死海は海抜がマイナス420mで地球上でもっとも低い場所!1番低いところで、ぷかぷか浮いてるなんてとっても不思議な気分。



この体験ができたのは、とっても貴重だと思ってる。泥パックもできたし~

でも、もしイスラエルも一緒に行くなら、イスラエル側で行った方がいいかも?

というのも、高い方のビーチに行ったにもかかわらず、サウジアラビアのおっさんにセクハラされた!!エロたぬきめ!

イスラエル側だと、多分、女性の肌に免疫があるから、そのようなことはあまりなさそう。そして、男子的にもイスラエルの方が水着女子が多くていいかも。

ヨルダン側はおっさんが多い。宗教的に地元の女性がビキニなんて着ないし、必然的におっさんが多くなるのか。

それでも、イスラム教徒の女性で、泳いでる人もいます。体も髪の毛も全部覆うタイプの水着を来てらっしゃいました。
(信仰の度合いでもちろん、水着きてるムスリマの方もいるけどね。でも多分ヨルダンの人は普通の水着はきなさそう)

ぷかぷかを満喫し、いざ、ワディームーサへ!

しかし、死海って本当にアクセスが悪い。多分、死海にきてる観光客は、アンマンからの日帰りツアーで来るのが普通なんだろうな。

私は、時間がないのでアンマンには戻らず、直接ワディムーサに行きたかった。

死海周辺は庶民が暮らすってかんじではないので、バスターミナルらしきものは見なかった。

バスに乗ろうと思ったら、来る時にバスを降りたあの道がバスの通り道っぽいので、そこでワディムーサ行のバスを見つけるしかない。(ヨルダンは発着はビスターミナルだけど、途中は特にバス停があるわけでなく、道で手を上げて拾うかんじ)


でも、それだといつバスが来るのかわからないし、下手したら野宿?時間があれば、それでもいいかもだけど、なんせ今回は弾丸。
そもそも、あの道はなんて道なのかも分からん。

とゆーことで、タクシーチャーターすることにした。でもでも、なんと100JD(約一万円)たっかー!!

なんかしらんが、タクシーをアンマンから呼ぶとか言ってた。だから、そんな値段なの?

頑張って値切ったけど、下がらず、仕方なくなけなしのお金を払ってタクることに。
一応、社会人だしと、自分を納得させた。

それから3時間ほど、タクシー運転手が引くぐらいずっと寝ていた。

起きたら、砂漠のラビリンスみたいな風景に変わっていた。そして、耳がつまっていて、改めて高度の違いを実感。

18時半ごろ、本日のお宿バレンタイン・インに到着。タクシー運転手がいそいそと、宿のオーナーに話しかけていて、ほどなくして車からて布を持ってきた。

ちょうど、お祈りの時間だったらしく、宿のフリースペースでお祈りを始めた。

イスラム圏に来たってかんじですね。
バスターミナルで、人ごみのなかお祈りしている人もみたけど、アッラーと自分だけの世界って空気だったな。

さて、この宿の夜ご飯はビュッフェ形式で、宿でご飯を食べる人が多いらしく、結構な人数が集まる。その中でこの旅で初めて日本人に遭遇!しかし、英語が堪能らしく、外人と盛り上がっていたので、話しかけれず、結局中国人カップルと食べた。

だから、日本人2人からは、中国人だと思われていたらしく、翌日英語で話しかけられた。

食後は 部屋に戻って、死海の泥まみれの水着などを洗っていたら、なんと、部屋で洗濯したら罰金という張り紙が!!

まぁ、結局ばれなかったから大丈夫だったけど、考えてみたら砂漠の国ですからね。水は貴重なんだ。日本の感覚だったわ。
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# by sweetnsourbeijing | 2012-10-20 01:26 | ヨルダン

ヨルダン旅行記②マダバ

2日目。早朝5時前ぐらいに、アザーンが鳴り響く。今日から本格的に旅がはじまります。


朝7時宿をでて、ローカルバスでマダバに出発。何円だったかな?忘れたけど1JDもしてない気がする。

実は関空で旅用のメモをなくしたので、出費を記録していない。まぁ、なくしてなくても、お金の管理は一日で終わることが多いけど。

ローカルバスは基本的に英語表記はなくて、アラビア語のみ。少しアラビア語をやっていたおかげで、マダバってかいてるのがなんとなく分かるのが嬉しかったり。

とはいえ、自信はないのでいちいた聞くけれど。

1時間ほどで到着。
マダバはモザイク画で有名な町。

とりあえず、でっかいバックパックを背負っての観光は辛いので、ツーリストオフィスに置いてもらうことに。

邪魔な荷物って、みんなはどうしているんだろう。宿に泊まってれば、宿に置くけど、今回のように移動の途中とか。

私は今までその辺の店とか、泊まってもない宿に押しかけて置いてもらったりしてるんだけど、危険なんだろうか。

それはそうと、こちらの聖ジョージ教会の床に描いてあるモザイクが1番有名。
6世紀のパレスチナの地図が描いてあります。全て天然の石を使っているそう。
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その後、てくてく周りを観光して、気づいた。ネボ山とか行ってる時間ない。

もう死海に移動しよう。
観光局の人は、死海はタクらないと無理っていってたけど、念のため、バスターミナルで聞いてみたら、死海に行くならこのバスに乗れと教えてくれた。

なんだー、あるのかー。
ちなみに、ローカルバスは基本、人が集まってからの出発らしい。30分ほど待って出発。
そういや、朝も昼も食べてない。お腹すいた…。トランジットの時に買った、アラビアンとんがりコーンを食べてしのぐ。

バスの車内。
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# by sweetnsourbeijing | 2012-10-17 22:46 | ヨルダン

ヨルダン旅行記①アンマン到着

ぎりぎりまで残業して、カタールで7時間半待って、ようやくヨルダンの
クイーン・アリア国際空港に到着。

地球の歩き方によると、無料でアライバルビザが取れるとのこと。

ということで、他の人たちの流れに乗ってビザの列に並ぶ。しばらく並んで、ふと上の看板を見上げると、
20JD(ヨルダンディナール)と書いている。
ん?もう一度歩き方を見てみる。無料と書いてある。でも、看板には20DJで、
通貨はヨルダンディナールでしか払えない。もしくはクレジットカード。と書いている。
おいおい。いつの間に、お金がいるようになってるのー!?日本円とドルしかもってないよー!

仕方なくせっかく並んだ列を離れ、両替屋に行き、両替をしてもらった。
そして、行列の最後尾に再び並びなおす。
時間かかるー。くそう。

やっとこさ、自分の番になった。
すると、「日本人、ビザいらないよ」
えええー!まじでー!こんなに待ったのにー。

普通にスタンプだけ押してもらって、入国手続き完了。
査証関係は、急に変わったりするからね。
事前の確認が必要。
最初から知ってれば、普通の入国審査の列なんてあんまり人いなかったし
一瞬で終わったのに。この弾丸トラベルで、貴重な1時間を失った。

バスでアンマン市内へ。確か3JD。
バスステーションからタクシーで、ダウンタウンへ。これも3JD。

宿に到着したのが、夕方6時ごろだったので、その辺をぷらぷらして
ご飯食べて、この日はさっさと寝ました。

ちなみに、この日の宿はファラ・ホテルというところ。ちょっと奥まったところにあって、少し迷った。

ドミトリーで7JD。ちなみに、ドミだけど、私しか居なかったから、実質一人部屋。
ツアーが豊富っぽかったので、ここにしたんだけど、結局翌日開催されるツアーはなかった。むーん。日本人っていろんな所にいるけど、流石に長期休暇ではない時期はあまりいないのかしら。

参加したかったツアーが、マダバ、ネボ山、死海、ショーバック経由で最後ペトラ(ワディ・ムーサ)で解散というもので、このイメージができていたので、何も考えず、このルートを自分で行くことにした。もちろん、全て回るのは不可能なので、なんかは削ろうと思っていたけど、この考えが甘かった。

写真はこの日の夜ご飯。お腹空きすぎて、近所の謎な店で謎なものを食べた。
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# by sweetnsourbeijing | 2012-10-14 00:29 | ヨルダン

インド&ネパール旅行記13 帰国

旅行記終了と思いきや、この話には続きがあるのです。

カトマンズ空港で、別れを惜しみたいインド人を尻目に、こっちはそんな気にはなれず、帰国。


行きと違って、時間通り!

ついてる!と思ったのもつかの間。

帰宅して、お風呂に入るため、電気温水器スイッチをいれたのですが、ほどなくして、ピーピーという警告音が!

なに??

なくしがちな説明書を奇跡的に発見し問い合わせて見る。

いろいろたらい回しになりながらも、どうにか修理会社とコンタクトを取ったのですが、
本日は業務終了しているため、明日以降の修理になると。

おいおい!
明日、出勤ですけど!
昨日夜行移動だったから、風呂はいってないですけど!

そりゃ、この旅でほとんど水シャワーだったけれど、5月10日の日本は寒かったのです。
久々のお湯シャワー浴びたいっつーの。

ここはすんなり引き下がれない。
キレ気味でごり押しして、修理にきてもらうことになった。

しかし、部屋めっちゃきたない。
温水器自体は外だけど、さすがに部屋はいるよな。片付けなきゃかな。でも、疲れてそんな気になれない。イケメン来たらどーしよと思いつつ、もう汚いままでいくことにした。

幸い、イケメンではなかった。

どうやら水漏れしていたらしい。

電気温水器だと、お湯を使わなくても、毎日お湯を沸かして電気代がかかる。長期で留守にする場合は、電源切った方がいいと、以前電気代が高すぎて、関西電力に電話した時に忠告されたので実行したらこんなことに。

結構な時間かかって修理してもらい無事にお風呂には入れたものの、今日はめっちゃ早く寝てやろうと思ってたのに、全然休めなかった!!

帰国後のトラブルにも要注意だな。
(昨年はウズベキスタンで家の鍵なくして、家に入れない騒動が起こりました)
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# by sweetnsourbeijing | 2012-06-07 21:03 |

インド&ネパール旅行記12 カトマンズ2日目

ちなみに、ネパールは日中それなりに暑いんだけど、朝晩は肌寒い。

そんな中、水シャワーは結構つらい。
昨日、おふろにはいろうとした断水したんで朝入ったら、お湯がでなかった。

ということで、9時にインド人が迎えにきた。昨日、冷たくあしらったんで、最終日ぐらいは一緒に行動してあげるかということで、パシュパティナートへ行った。

スワヤンブナートと迷ったけど、沈没気味の人の勧めでパシュにした。

4代シヴァ寺院の一つなのだけど、ヒンズー教徒しか入れない。パンジャビを着てたので、ちょっと入れたけど、ネパール語が分からず、ばれてしまった。

しかし、見所は寺院だけでなく、ガンジスの支流の川岸のガートです。

火葬場を間近で見れて、写真も取れる。バラナシでは遠くからしか見れなかったので、ここで見れてよかった!さすがに、写真はインド人が撮ってくれたけど。親族を押しのけてパシャパシャと撮っていた。
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写真をみた人は気持ち悪い!怖い!と言ってたけど、その場にいると不思議とそういう気分にはならない。お葬式だし、周りに泣いている人もいるし、むしろ悲しい気持ちになった。

そんなパシュパティナートを堪能し、宿へ。

沈没気味な日本人とインド人はマリファナだかハッシシだかを吸っている。もちろん、私は見てるだけ!なんか、やたらせきごんでるし、すでに喉やられている私は無理。(無論、そういう問題ではないけれど。ダメ!絶対。)

そんなこんなで、ご飯食べたり、松崎しげる似の現地人の歌を聞いたり、インド式トランプをやったりしてまったりと過ごした。
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(⬆おいしかったけど、なんて名前だっけな。)

買い物に行きたかったのだけど、最終日にしてまさかの土砂降り。この旅最初で最後の宿でゆっくりする日になっしまった。

カトマンズはトレッキング製品が安いのに!とりあえず、スニーカーがやぶれたので、スニーカーはゲット。でもやっぱ、小さ目バックパックとか欲しかったなぁ。

さて、そろそろ空港にいかないとという時になって、インド人が「インドに帰るお金がないから、金かしてくれ」と。

急いででてきたからお金がない。
君のためにカトマンズに来た。

頼んでないし!あんたが勝手について来ただけだし!

かなりしぶったけど、まぁ、カメラマンとして雇ったということにして、25ドルあげた。
これでも最初の要求額の半分です。

インドに帰ったら電話すると言っていたけれど、初期のかなり警戒してた時に聞かれたので、嘘の番号教えちゃったしな。もう返ってこない25ドル。

あーあ、私の25ドル。

そんなこんなで、カトマンズ終了。

そんなこんなだったけど、楽しい旅でした。

いつか、南インドやチトワンなど今回行けなかった所に行きたいな。
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# by sweetnsourbeijing | 2012-06-06 22:19 | ネパール

インド&ネパール旅行記11 カトマンズ1日目

朝早くにカトマンズに到着。
多分4時半ぐらいだったかな?

ポカラ・カトマンズ間も道悪いと聞いていたけど、もちろん大丈夫でした。

日が昇るまで、バスターミナルで待機し、その後、旅行者が集まるタメル地区へ。

インドで出会った方にオススメの宿を教えてもらったので、迷いなが宿にたどり着いたんだけど、あいにく満室!

何件も回ったけど、どこも満室。
一件だけ、ツインの部屋が空いていたんだけど、例のインド人と同じ部屋は嫌だ。

少し待てば誰かチェックアウトするかもしれないので、インド人が寝ているすきに、朝ごはんを求めてぷーらぷら。

むむ?今まで、インドでもポカラでも朝ごはん食べれるレストランはいっぱいあったのに、見当たらない!どこ?

かなり、うろうろしてとあるレストランに入った。パンケーキとラッシーを頼んだのだけど…。なんというか、イマイチ。特にラッシーはただよプレーンヨーグルト。後で気づいたけど、ネパールは朝ごはんはチャイのみみたいなこと書いてあったから、それでかなぁ。


気を取り直して、宿探し。チェリーゲストハウスというところで、一室空きがでたってことで確保!

シングルルーム、トイレシャワー付きで
400ネパールルピー。
トイレシャワーは共同だと300。

共同の場合は、私はトイレとシャワールームが別れてるのが希望なので、400の方にした。宿のご主人は、日本語ができて、とても優しい人。毎朝、笛の練習をしている。笑

宿も確保し、いざ観光!
インド人には、1人で行くから!といったんお別れ。

彼に対して、結構冷たい態度をとっていますが、多分悪い人ではなさそう。友達としてなら、ありだけど、それ以上を望んでいる以上、変に優しくするとつけあがりそう!

とりあえず、歩き方に載っている散策コースをGO!

もちろん、何度も迷いながら、メインのダルバール広場に到着。
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うろうろしてたら、チケット持ってるのかと聞かれたので購入。

そして、博物館へ。
薄暗く、なに書いてるか分からない。
しかも妙に広い。
そして、夜行移動でちゃんと睡眠とれていない。

そりゃ、スイマーに襲われるわ。
眠い眠い眠い眠い。
あくびしながら、出口できづきた。
あれ?チケットがない!
どっかで、落とした!

やーなんかね、かばん持って入れなくて、手にチケットもってたのね。
でも、半分ねてたじゃないですか。
起きててもなくすんだから、寝てたらそりゃなくすよね。

実際、チケットが必要なのはこの博物館ぐらいっぽいんだけど、さっきのようにチケット持ってるか確認されたら、再購入?
そんな無駄金払いたくない!

係りの人に、なくしました。と言ったら、
なんだか「ビッグプロブレムだ!」とか言って、みんな大変だ大変だみたいになって、一時騒然とした。

え?まさかこの長い歴史の中で、チケットなくしたの私が初めて?そんなバカな。

とりあえず、館内を探してこいとりあえず言われ、また博物館を一周。

やはりない。

最終的に、チケットをかった所(広場内にチケットカウンターがいくつかある)を探して(方向音痴なので、どのカウンターで買ったかそもそも覚えていなかった)買った時のチケット番号を教えてもらい、サイトオフィスで、ビザ有効期間まで利用できるビジターパスを発行してもらった。写真持っててよかった!

この騒動に結構な時間を費やしてしまった。
そして、結局その後はチケットの確認などされず、翌日もここにはこなかったってゆーね。

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(⬆帰り道。切手になった窓)

宿に戻ると、日本人男子に屋上に日本人集まってるよと言われ、行ってみたら、ちゃっかりあのインド人が他の日本人と打ち解けていた。今日一緒に行動していたとかで、すっかり仲良くなっている。

夜ご飯、みんなが日本食に行くというので、正直ネパール料理がよかったけど、インド人と2人になりたくなかったので、日本食屋で中華丼を食べた。うずらが入っていなかった。
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# by sweetnsourbeijing | 2012-06-04 12:34 | ネパール